最高裁判所第二小法廷 平成11年(受)1035号 決定 1999年10月08日
申立人(被告控訴人)
株式会社ホノルルカントリークラブ
右代表者代表取締役
小平進
右訴訟代理人弁護士
辻亨
辻佳宏
辻希
相手方(原告被控訴人)
株式会社バーナード
右代表者代表取締役
福田雅機
主文
本件を上告審として受理しない。
申立費用は申立人の負担とする。
(裁判長裁判官 梶谷玄 裁判官 河合伸一 福田博 北川弘治 亀山継夫)
上告代理人辻亨、同辻佳宏、同辻希の上告受理申立て理由
一 原判決は、第一審判決を維持し、その理由中において、現在の金融危機を単なる景気の変動と評価し、「景気の変動には上限も下限もない」「我が国に生じた経済不況の最大のものではない」と判示しているが、これは我が国に発生した経済危機の実情を全く理解・認識していないものと言わざるを得ない。
そして、原判決は、このような誤った認識を前提に、経済予想は困難であり経済人は自由な判断を行う反面そのリスクは負うのであり、申立人が経済不況・ゴルフ会員権の値崩れを予想出来なかったからと言って、預託金返還義務には消長を及ぼすものではないと判示している。
しかし、申立人が当初から一貫して主張しているのは、自分が今日の状況を予想出来なかったことの言い訳ではない。また、申立人の予想を越える値崩れが発生したから預託金を返還できないと言っているのではない。
今日の金融危機は、我が国が直面した最大の経済崩壊である。金融機関への莫大な公的資金の導入がなされ最悪の事態が回避されているから国民に危機意識が痛感されていないだけであり、多数の私企業への数兆円もの公的資金の導入と言うとんでもないレベルの恐慌回避策が取られる必要があった事自体からも、今日の経済危機の重大性は明らかである。公的資金を導入しなければ、日本経済は最大の危機に陥りパニックが生じることが間違いないからこそ、そのような手当てを行わざるを得なかったのである。また、日本を代表する金融機関であり、金融の安定性の象徴ともいうべき長銀・日債銀が破綻に至ったこと自体が、正に我が国が未曾有の経済危機に陥っていることの証である。
このように、経済界に発生した危機は、到底通常の経済変動ではなく、経済人の自由な判断とその反面のリスクというような建前の通用するレベルのものではなく、正に「天災地変」と同視すべきものである。
この経済危機の下において預託金の返還をすることは構造上不可能であり、会則九条の「やむを得ない事由があるとき」に該当するというのが、申立人の当初からの主張である。
二 また、原判決は、返せないなら和議申立などを考えるべきということにも言及している。しかし、申立人は破産するような状態にあるのではない。規約で約束した通りに、「クラブの運営上やむを得ない事由」が生じたから預託金返還を延期する旨決定したのであり、それさえ認められれば現在も順調に行なわれているプレイを停まらせることなく、営業が続けられるのである。その猶予された一〇年以内に株主化を進めて経営形態が民主化されることにもなっている。和議などの倒産処理手続による必要なく、このままゴルフ場にとって一番大切な任務である会員のプレイの継続を守っていくことができる。
そのために会則第九条により「クラブの運営上やむを得ない事由があるときは、会社の取締役会の決議によってこれを延長することができる。」と定めているのであり、会員はこれを前提に入会しているにもかかわらず、同条による決議の効力を否定し倒産処理手続によるべしというのは本末転倒である。
三1 原判決は、その判断の前提として、預託金契約を単なる消費寄託と同列に把握しているとしか考えられないが、その認識は誤りであり預託金契約という特殊な類型であることが正しく理解されなければならない。
すなわち、会員契約は、優先使用権、預託金支払義務、会費支払義務、預託金返還請求権等が一体となった契約である。
また、ゴルフ場は、多数の会員が存在して始めて成り立ち得るものであり、一個のゴルフ場設備を多数の会員が共同で使用することが当然の前提とされているのである。従って、個々の会員との契約は、ゴルフ場を成り立たしめる多数の会員契約の一部をなすものとして捉えなければならない。
このように、複合的な内容を持つ契約が多数集まって始めて一つのゴルフ場の存立を可能ならしめるものである以上、ゴルフ場会員契約においては、この包括的・団体的契約としての性質が優先し、個々の会員の個別の権利は、その一部を構成するものとして一定の制約を受けることが予定されているのである。
当ゴルフ場の会則第二条はこの理をあらわすものである。
2 従って、預託金契約についても、単純な消費寄託と同視することはできない。団体的・包括的契約の一部として一定の制約を受けることが予定されているのである。
3 会則第九条三項は、右のような背景を持つものとして理解されるべきであり、ゴルフ場を維持し、プレイ権を維持するためにやむを得ない場合には、預託金返還を延期することも予定されているのである。
4 そして、実際に申立人の現状は、到底全ての返還請求に応じられる状態ではなく、仮に、訴訟により預託金返還請求をしている会員が勝訴し、強制執行を行って権利の実現を図るならばゴルフ場の運営継続は不可能となる。正に、「クラブの運営上、やむを得ない事由があるとき」に他ならないのである。
5 以上の、会員の権利の性質、クラブの実情は、大多数の会員の理解を得ているところでもある。
すなわち、原審においても述べたとおり、申立人は会員の意思の大勢は、預託金問題を正しく認識した上での消極的認容にあると推察していたのであるが、原判決以後、会員の意思を具体的に確認すべく、文書による意思確認の作業を開始した。事柄の性質上、一方的に書類を送りつけて同意書の返送を要求することはできず、個々に書類を届けて説明し、お願いをする必要があるため、まだ全ての会員の意思を確認するには至っていないが、現時点においても、多数の会員の同意を得ているものである。経過は以下のとおりである。
<1> 平成一一年七月八日から八月二日までの間に、三六八件に書類をお届けした(現在もその余の会員につき作業を継続中である)。
<2> 八月二日現在で、右三六八件の会員のうち、一九〇件から、同意書を受領している。
<3> その他に、名義書換に伴って既に同意書を受領していた会員が二二件あった(従って、八月二日時点で、三九〇件中二一二件の同意を得ている)。
<4> 右三六八件の会員からは、八月二日以降も毎日六、七件の同意書が届いている状況である。
右のとおり、わずか一月足らずの間に、三六八件中一九〇件の会員から同意書の提出を受けているのである。事柄の性質上、会員が積極的に賛成することは稀であり、同意をお願いしてもすぐに同意書を提出していただけず、相当の時間を要しているのが、多数のゴルフクラブでの実情であることを考えれば、極めて短期間に多数かつ高率の会員の同意を得ており、今後、全会員の過半数の同意を得られることは確実な見込である。
このように、預託金返還の時期を猶予することで、順調なゴルフ場の運営継続を願う会員の意思が確認されているのであり、この点からも少数の会員の権利強行は許されるべきではない。
また、多くの会員がこのように全体的な見地に立って延期を承諾するということ自体が、会員が、多数の会員の存在によりゴルフ場が成り立っているという状況を認識している証左でもある。
個々の会員が会員全体から全く自由であり、通常の消費寄託と同様に権利を行使しうるという前提及びその結果、会則第九条による決議の効力が及ばないという原判決の判断は誤りである。
四 以上、本件はゴルフ会員契約の性質、そこでの保証金の預託契約の解釈に関する重要な事項を含み、原判決はその解釈を誤ったものである。